酔っちゃったみたい。僕はそう言って、ツヴァイクの肩に頭を乗せた。
「気分は悪くないか」
彼が僕の顔を覗き込んでくる。眉根を寄せ、僕の顔色をじっと見ているようだった。僕は首を振って、すこし笑う。
「悪くはない。なんだか、ふわふわする」
「お前、俺の倍以上は飲んでいるぞ」
「ほんと?じゃあ、僕はツヴァイクより飲めるってこと?」
「間違いないな」
ツヴァイクは苦笑いを浮かべた。一緒に水も飲めよとグラスを差し出され、僕は促されるままに水へと口をつけた。
彼は少量しかお酒を飲まない。今夜もも薄めの蜂蜜酒を一杯だけグラスに注いだのみだ。一緒に暮らして五年ほど経つけれど、飲んでいるところは片手で数えられるほどしか見ていない。量を考えて飲まないと翌日使い物にならなくなるのだという。
そういえば、父も二人の母も、お酒が好きだった。国や地方を転々として出会ったお酒を飲むのを、旅の楽しみにしていた。酔いにくさはもしかすると、親に似るのだろうか。肩にツヴァイクの温もりを感じながら、遠い遠い場所へ行ってしまった両親とのいつかの風景を思い出す。
結論から述べると、僕はまったく酔わなかった。体が内側から発熱しているような感覚がある以外は、普段と変わらない。ずっと前から憧れていた人との、ふたりきりの夜。どうにか距離を縮めたくて、お酒の力を借りてみることにしたのだけど、まさか自分がこれほど酔いに強いとは思わなかった。
だから、ひと芝居打つことにしたのだ。
はあ、と大きく息をついた。頬がほんのりと火照っているのも、胸が弾むのも、息が何とはなしに浅いのも、これまでにない距離感の近さに緊張しているからなのだ。いつもとは違う一面を見せれば、淡い期待を抱いて、僕は彼の反応を窺っていた。
ツヴァイクの手が僕の頭をひと撫でしていった。心地良かったけれど、何かを誤魔化そうとして彼が無意識のうちにとる癖のひとつであることはすぐに分かった。
「もう夜も遅い。そろそろ寝るぞ」
「やだ」
わざと舌足らずな喋り方で、僕は拒否した。彼を困らせたい一心で。ツヴァイクは肩をすくめた。
「子どもは寝る時間だ」
「もう子どもじゃないし。お酒だって飲んでる」
「それは関係ない。俺から見ればお前はまだまだ手のかかる子どもだ」
子ども。その単語に急に胸奥が苦しくなり、僕はしばらくの間黙り込んでしまった。どんなに反論しても子どもだとあしらわれそうで、何も言い返せなかった。
「手。引いてくれないと動けない」
僕はじっとりとツヴァイクを見上げた。せめてもの抗議のつもりだった。
「……まったく、しょうがない奴だ」
口ではこう言いつつも根は世話を焼かずにはいられない性分の人で、そうと知りながら彼の優しさに漬け込んでいる僕は、ずるい人間。
行くぞ、と手が差し出される。僕は指先をひかえめに掴んで立ち上がり、寝室へ向かうツヴァイクに連れられて歩く。
「手、冷たくて気持ちいい」
「お前がぬるいからだな」
ツヴァイクは伏し目がちに微笑んでいた。そして、僕が頼りなく掴んだ指先を、解けないように強く握り締めてくれた。
――いますぐ抱きつきたかった。両腕いっぱいに彼の存在を感じてみたい衝動に駆られた。足をとられちゃったと酔いのせいにして笑えば、きっと彼も笑って許してくれるだろうと、わざと躓き彼の背中にもたれかかろうとした。
だけど、やめた。こんなことで一線を踏み越える覚悟も資格も、いまの僕は持っていないことに気付いた。
お酒の勢いを借りて酔ったふりまでしても言い出せないことはたくさんある。
あなたのことが好きだ。もっと近づきたい。体も心も。できることならば、独占してみたい。そして、彼が僕を子ども扱いしたとき、こう尋ね返せたらよかった。僕をひとりの男として見てくれる日は来ますか、と。
考えれば考えるほど、虚しさは募るばかりだった。
きっともう、こんなばかな真似はしないだろう。自分の想いは自分の言葉で伝えなくては、何の意味もないのだから。
だが、それでも。彼の温もりと匂いと、彼が僕の手に触れているという事実。それだけに、いまは酔いしれさせてほしいと思った。高鳴る胸を無理やり鎮めるように、僕もツヴァイクの手を強く握り返した。
(了)
まだ付き合ってないツヴァイクとテラくんです。
継承戦争の一件が解決して、ゼロさんもテラくんもお酒が飲める年齢になったごろぐらい。
まったくしょうがない奴らめ……早く付き合えよな……と思いながら書きました。